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<この人>シンクロナイズドスイミング コーチ 井村雅代
   2008-01-30 14:33:04    cri

中国のヘッドコーチになった理由

シンクロナイズドスイミング コーチ 井村雅代

迷いはなかった

 アテネ五輪が終わり、私は6年間務めた日本代表ヘッドコーチの仕事にピリオドを打った。自分のクラブで若手選手の指導に専念していた時、中国から思わぬ連絡が入った。

 「今度の五輪でメダルを取りたい。何色のメダルでも良い。そのために、今、一生懸命がんばっているが、経験もノウハウもない。あなたの素晴らしいコーチ力を貸してくれないか」と。

 日中関係をめぐって、必ずしも友好とは言いがたいムードが漂っていたころだった。にもかかわらず、中国はあえて日本人の監督に要請を出したのだった。五輪のホスト国として、失敗は許されない。背水の陣をしいて私の技術を必要としている。

 「これじゃ、もう断れない」。すぐに心を決めた。

 しかし、世間の受け止め方は真っ二つに分かれた。「素晴らしい決断をしたね!」と言ってくれるのと、「何を考えてるんだ。日本のノウハウを敵国に売って!」という非難の声だ。

 果たして私は、人の道に背いたことをしたのだろうか。繰り返し自分に問うた。日本代表は今まで世界でメダルを取り続け、世界トップレベルの自負がある。国際化に伴い、異国間交流が非常に大事になっている時代の中で、同じアジアの仲間として、どうして中国の要請を断ることができよう。

 様々な意見があったことを承知した上で、自分が中国チームの指導に当たることに、迷いはなかった。世の中はもう技術を隠す時代ではない。交流を通して、自分の良さと相手の良さを知り、その上で、互いにどんどん強くなっていく。これこそ、「勝つ」ことなのである。

北京にフィット

 中国代表ヘッドコーチを引き受けた後、しばらくはこれまでの仕事の整理もあり、日本と中国の間を行ったり来たりして指導していた。5月以降、やっと拠点を北京に移し、本格的に北京五輪に向けてのトレーニングを始めた。北京は食べ物がおいしいし、困ることは何もない。梅雨時、じめじめした日本に帰ると、乾燥した北京が懐かしくさえなる。

 指導の際は、白慕イさんという優秀な通訳がいてくれるお陰で、選手たちと何の隔たりもなく意思疎通ができる。ただし、通訳はリアルタイムで伝えられないという悔しさがある。その度に、中国語が話せたらいいなと思っている。

 ようやく今、よく使う短い言葉を少し覚えたところである。一方、選手たちもどんどん日本語を覚えてくれている。シンクロは採点競技なので、選手の気持ちがそのまま動作に反映する。そのため、心のありかたの基本として、挨拶の大切さを繰り返して強調してきた。嬉しいことに、中国人選手たちは、今、「おはようございます」「お疲れさま」「ありがとうございます」などと、実に流暢に話せるようになっている。

嬉しい変化

 6月29日に、中国国際放送局(CRI)とNHK国際放送局が共同企画した「中日インターネット対話」というラジオ番組に出演した。両国のリスナーの声が直接聞け、彼らの疑問にその場で答えられる、なかなか面白い体験だった。

 ところで、その番組が事前に行ったインターネット調査では、私の予想を上回る結果が出た。私の中国代表ヘッドコーチ就任について、「高く評価する」と答えた人は、日本と中国のいずれの国でも七割を超えた。その一番の理由は「本当の意味でのスポーツ交流。日本と中国の理解を深めることができる」というものだった。とても励まされた、嬉しい結果だった。

 一方、最近、日本でも中国でも、私を見る目に変化が起きていることを、私自身も感じている。今の日本社会は、「すばらしいことだ」「日本も頑張るから、中国も頑張れ」という風に大きく変ってきている。一方、中国のマスコミも、当初は「日本人監督が、果たして自分の技術を明かしてくれるだろうか」と、やや不信をもって見ていた節もあったが、今は、だれもかれも励ましと期待の眼差しで見てくれる。最近、「五輪が終わった後も、残ってほしい」と温かい声をかけてくれる人も出始めた。

昔の自分を見るようだ

 技術力とパワーが日本のシンクロの武器だとすれば、中国は選手の素晴らしい体形が特徴だ。166センチのフライヤー一人を除けば、全員170センチで、「よくもこれだけ手足の長い選手がそろったものだ」と、ひたすら感心する。しかし、美しいだけでは試合に勝てない。今は、美しく、逞しく演じられることを目指して、指導している。

 ところで、中国人選手と日本人選手の指導で、違いを感じることがある。日本では、最近、忍耐力に欠け、難しいことをやると、逃げから始める若い選手がいるが、中国人選手は絶対、嫌な顔をしない。彼女らには「できない」という文字がない。若かりしころの自分を思い出す。

 ただ、中国選手を指導していて困ることは、やりにくいとか、どこかがぶつかって痛いとか、そういうことを逆に我慢しすぎて言わないこと。もう習慣になっているのだろうか。「とにかく、我慢しないで、今の状況をどんどんぶつけてほしい」と、率直な表現にトライしている。

アジアの一番が世界の一番

 「五輪の時、中国と日本のどちらを応援するか」。周りからよくこんなことを聞かれる。

 正直に言うと、今の私は、そういうことは意識にない。今は、時間の許す限り、中国選手を向上させたいのみである。教えることは学ぶことでもあり、中国で教えながら、私も多くのことを学んでいる。

 そして、私には何よりも目指す目標がある。アジアの一番が世界の一番になってほしいこと。できれば、一番と二番の争いは、中国と日本の間で展開してほしい。

 とにかく、自分の持てる力をすべて出しきって戦いたい。そして、戦った後の感動を味わいたい。北京オリンピックに出場する選手もコーチも、全力を出しきって戦えば、試合が終わった時に、必ず中国と日本の距離が近くなっていると信じている。そして、その試合を見た中国人と日本人の距離、さらに、国同士の距離も近くなっているはず。

 国と国の間には、戦争など悲しい歴史はあるが、スポーツにおいては、それらを置いておくことができる。違う習慣で育った国民たちが、本気で勝負して、強い人が勝って、弱い人が負ける。自分よりも強い人に対しては敬意を表し、称える。その中では、多くのことを学びこそすれ、憎しみは一切残らない。逆に、負ける中でも学ぶことがある。

 五輪では、日本も中国も全力を出しきって戦えばいい。その時はもう理屈なしに、きっと何かすごいメッセージが残ると思う。そして「日本と中国は素晴らしい交流をしたね」と、両国の人々に言われてみたいものだ。 (『人民中国』2007年10月号)

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