中国文化といえば、真っ先に思い浮かぶのが中国料理である。中でも、日本人にとって麻婆豆腐は特別な料理だ。中国伝来のこの一品料理は、国境を越え、様々にメタモルフォーゼを繰り返しながら日本人を魅了し続ける存在だと思う。
私と麻婆豆腐の付き合いは長い。幼稚園の帰り道にある中華料理店に行き、大皿の麻婆豆腐をペロリと平らげた。自分の名前を漢字で書けるようになるよりも早く麻婆豆腐に親しんでいたことになる。豆腐とトロミのきいたソースの滑らかな舌触りと、それを裏切る辛味が奏でる口中の協奏曲は、私を虜にしてしまった。それ以来今日まで、外食はもちろん我が家の献立でも、数え切れないほどの様々な麻婆豆腐を食べてきた。
十年前中国を旅行した際、北京で食べた麻婆豆腐には大変驚かされた。日本では見たこともないほど真っ黒。舌を刺すような花椒の味は忘れられない美味しさであった。一方、我が家で麻婆豆腐を調理するときはレトルトの食材を使うため、見た目は赤く味も随分甘い。こちらは家族の団欒にぴったりの優しい味わいだ。
麻婆豆腐は、昭和三十年代に四川省出身の陳建民氏によって日本に紹介された。それ以来、コマーシャルの影響もあり、またたく間に食卓の人気ものになった。現在、インターネットでは美味しい麻婆豆腐を提供してくれる店の情報が飛び交い、料理の本を紐解けば麻婆豆腐のみならず麻婆茄子に麻婆麺、麻婆炒飯、麻婆春雨と多様な麻婆レシピがずらりと並んでいる。『麻婆豆腐大全』(麻婆豆腐研究会著、講談社、2005年)によれば、現在日本で販売されている麻婆味の食品は約百種類にも及ぶという。日本の各家庭に、それぞれのカレーや肉じゃがの味が存在するように、間違いなく各家庭の麻婆豆腐の味がある。
2003年には、陳建民氏とその妻洋子さんのサクセスストーリー「麻婆豆腐の女房」がNHKでドラマ化され、お茶の間を大いに盛り上げた。昭和三十年代初期、まだ国際結婚が珍しかった時代に、二人は手を携え、日本における麻婆豆腐の普及に尽力したのである。私は麻婆豆腐を食べるとき、二人の情熱と愛情が、熱く辛いこの料理に込められているような気がしてならない。
「食は広州に在り、味は四川に有り」という言葉がある。いつか、その四川省で本場の麻婆豆腐を味わうのが、私の夢だ。異国の地である日本を席巻し続けるその力の根源に、是非触れてみたい。 (筆者は東京大学の倉持長子さん) 「チャイナネット」
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