「あれは確かに幽霊だ!なんとかしなくちゃ!」と自分を励ますため、あわてて腰にかけたひょうたんを手にし、蓋を取ってがぶりと一飲みしたあと、その母屋の窓の下にいって指に唾をたっぷり着け障子の紙に穴を開けて中を見ると、部屋には灯りが付いていて、夫は出稼ぎなのか若い妻らしいものが、一人で起きていて針箱広げて縫い物をしていたが、そのうちに縫い物やめて急に「あーあ!生きていてもつまらないわ!死んでしまおうかしら」と言い出し、縄を取り出し梁にかけ結び、それに首をかけて首を吊ろうとした。慌てた船頭、戸に行って力いっぱい戸を蹴り破った。すると部屋の隅にいた幽霊は、船頭が蹴り破った戸から外へ飛び出したので、船頭はその後を追った。もちろん、首を吊ろうとした若い妻は何がなんだかわからず、驚きのあまり昏倒した。こちら船頭、走りながらもう一つの母屋に方に「誰か起きろ!嫁が幽霊にとりつかれたぞ!」と叫び、かの女の幽霊を追い続けた。
船頭の叫び声が聞こえたのか、この家の老いた夫婦ができ来て嫁の部屋に行き介護したという。さてこちら船頭、酒の勢いが残っていたのだろう。いくらかのおびえも見せず女の幽霊を追っかけ続ける。そして幽霊はかの渡し場に逃げてきたが、渡し舟の船頭がいない。また後ろに誰から追ってくる気配がしてので振り返ってみると、かの自分を舟で渡した船頭が追いかけてくる。ことのいきさつを悟った幽霊、それではと舌を長くたらし、口を大きく開け「ああー!」と船頭に襲いかかった。これには船頭、目の前に迫る恐ろしい見たこともない幽霊の顔にゾッとして思わず後ずさりするが、そのとき右手が腰にかけてあったひょうたんに部触れたので、何を思ったのかすばやく身を横に引くと、ひょうたんの酒をがぶ飲みにした。そして、二回目に幽霊が襲ってくるのを待って、幽霊の顔に酒臭い息を思い切り吹きかけた。するとどうしたことか幽霊は、船頭の吐いたつよい酒の匂いのする息を吸い込み、顔を顰めて後へ下がった。
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