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(三)「狄惟謙」ー1
   2006-12-28 10:45:23    cri
 次は「劇談録」から「狄惟謙」です。

 「狄惟謙」

 唐の武宗年間。北都の晋陽に狄惟謙という県令がいた今の法務長官に当たる高い位についた狄仁傑の子孫である。彼は清廉潔白で、まじめに勤め、悪を恐れなかったという。

 ある年、日照りが続き、多くの田畑は枯れてしまって穀物は何一つ獲れず、民百姓は苦しんだ。そこで僧や道士を呼んで雨を乞うたが、全然効き目がない。さて、当時、都には郭天師と呼ばれる巫女がいた。この巫女、晋陽に近いところで生まれたが、幼いときからいろいろと術を学んだといい、それも効き目があったというので、役人が都に連れていき、ある大官が、この巫女の術を見て喜び、この称号を与えたらしい。のちにこの巫女がの古里に戻ったと聞いたので、役所では、役人たちがこの郭天師という巫女を晋陽に呼び雨を降らしてもらおうと話し合い、それを県令の狄惟謙に報告したので、狄惟謙も暫く考えたあと、そうするとにした。それも、事が大事だというので、狄惟謙が北都の長官の元へ頼みに行くことになった。翌日、狄惟謙は北都の長官の屋敷に向かい、この巫女に晋陽に来てくれと勧めるよう頼んだ。はじめは困った顔をしていた長官も、狄惟謙の民を救う心に打たれた。次の日にこの長官が、名の聞こえたこの巫女の元に行くと、巫女は何も言わずに首を縦にふった。こうして狄惟謙は馬車でこの巫女を晋陽で一番の宿に迎えた。そして祠の前の広場でいろいろと雨を乞うものを揃え、狄惟謙ら役人たちは巫女がこの広場に来るのを待った。しかし、その日巫女は来なかったので、次の日も狄惟謙らは辛抱強くそこで待っていると、巫女がやってきて、壇の上で呪文らしきものを唱えたあと狄惟謙らにいう。

 「わたしはいま天に雨を求めてました。さきほど天帝のお言葉があり、そなたたちの真心があれば、三日後には雨を降らすと申されたぞや」

昔話
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