それから何年か過ぎたある年、山の南のふもとに住む金持ちの家の娘がなんとキツネに憑かれたというので、金持ちは巫女を呼んだりしてキツネを退治しようとしたが効き目がない。これに金持ちは困り、嘆んでいた。
と、ある日、キ杜魯賓」ツネはいつものように若い男に化けて娘の部屋に来た。
「ふん!わたしは巫女など恐れないよ!巫女がつまらないお呪いなどしても、わたしには通じないのさ」
これを聞いた娘がうつろな眼をして言う。
「それじゃ。怖いものなしね。わたしはあなたの言うことを聞きます。いつまでも聞きます。でも、あなたはこの世で怖いものはないんですね。それなら大丈夫だわ」
「そう、お前はおとなしくわたしの言いなりになるんだよ」
「はい。わかりました」
この娘の返事に安心したのか、男に化けたキツネはこんなことをもらした。
「よしよし。実はわたしはこの世に怖いものはないというわけでもない」
「うそでしょう?」
「いや、実は、数年前、山の北の畑で草刈している農民がいてな。当時は食い物になかなかありつけず、あまりにも腹が減っていたもんだから、その農民の残した昼飯を盗み食いしていると、農民にみつかってしまい、腰をいやというほど叩かれたよ。あの時は本当に死ぬかと思ったほどだ。あの農民は本当に怖かった。もう二度と会いたくないな」
これに娘は何も言わなかったが、次の日、金持ちが娘の様子を見に行くと、娘は寝ていたが、急に眼をつぶりながら、昨日キツネが自分に言ったことを金持ちに漏らし、また頭が痛いと寝てしまった。この娘の言葉に金持ちは喜んだ。
「そうだったのか。キツネめにも怖いものがあったのか!よし!」と金持ちは、下男たちを山の北にやり、数年前、畑で残った昼飯を盗み食いしていたキツネを懲らしめた農民を探させた。そうして下男たちが農家を一軒一軒回ったおかげで、ある家の農民が自分は昼飯を盗み食いしたキツネを鎌の柄で叩いたと言い出した。
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