今度は、「功を弄して拙と成る」についてのお話です。
「功を弄して拙と成る」
時は、北宋時代、画家で孫知微と言う人物がいた。彼は人物画が得意だった。
と、ある日、孫知微は成都にある寿寧寺から「九耀星君図」を描いてほしいと頼まれたので、これはいいことだと思って真剣に描き始めた。彼の筆による人物はまさに生きているようで、その衣装もひらひらと風に舞っていて、仙人がこちらに来るような感じがした。そしてこの絵は、最後に色をつけるだけになった。
この日、孫知微の酒友達が何が何でも飲みに来いと誘いに来たので、彼は仕方なく筆を置いた。そして自分の描いた絵を暫く見つめ、悪くはない思い、そばで見ていた弟子たちに「この絵の線だけはわしが書いておいた。わしはこれから出かけてくるが、後は色を塗るだけだ。いいか、気をつけろ。間違えたりしてはいかん。夜には戻ってくる。それまでにちゃんと仕上げておくんだぞ!いいな」と言って、友達の家に飲みに出かけた。
こうして師匠の孫知微が出かけたあと、弟子たちはこの絵を囲み、師匠の筆の運びやこの絵の作りのすばらしさに何度も見入り、何が学べたかを話し合っていた。
弟子たちがいう。
「みてみろ。この絵の人物の表情は生きているようで、長いひげが揺れて、微笑んでいるが、威厳があるぞ」
「足元には瑞雲が浮かび、まさにすばらしい姿だ。本当に粛然としている」
これを聞いた、いつも違ったことを言って、人目を引こうとしているある弟子は、それまではニヤニヤして黙っている。これを見たほかの弟子が不思議がって聞く。
「おい。どうした?今日はいやにおとなしいじゃないか?それとも、この絵に足りないところでもあるというのかい?」
これを聞いたその弟子、いつものようにふんぞり返り、みんなを見回した後目を細めいて言う。
「この人物の傍に控えている童子の表情は、真に迫っているけどね・・」
「おいおい!そのけどねというのはなんだよ?」
「この童子が手にしている花瓶を見てみな」
「この花瓶がどうした?うまく描かれているぞ」
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