「馬は、もうすぐ生き返りますぞ」
これには謝尚、半信半疑な顔でうなずいたが、しばらくして屋敷の外から玄関を通って死んだはずの愛馬が走って入り、死んで倒れている馬の側まで来てふと消えた。途端、死んでいた馬は息を吹き返し立ち上がって嘶(いなな)いたので、謝尚は驚き大喜び。さっそく、約束どおりに褒美としてかなりの金塊を家来に持ってこさせ、席に着いた夏さんの横の卓の上に置かせた。
「いや、いや、まことに驚き申した。耳にしていたが半信半疑だったので、いまは驚き、また敬服しておる」
「いえいえ、まことに恐れ入ります」
「ところで、ここではなんじゃ。少し込み入った話がござる故、中の部屋で話したいのだが」
これには夏さん、いくらか驚いたが、ついでだと思ってうなずき、謝尚と共に中の小さな部屋に入っていった。
さて、家来がお茶を持ってきて出て行ったあと、二人だけになったので、謝尚は部屋の戸を閉めてから話し始めた。
「実は、こうなんじゃ。わしには息子ができぬのじゃが、これは神か仏のわしへの懲罰だろうかのう?」
これを聞いた夏さんはしばらく黙っていたあと、こう答えた。
「それを調べるにはちと手間が掛かるゆえ、数日お待ちいただけましょうか」
「うん、うん。けっこうじゃ。しかし、この話はそこもと一人が知っておればいいことなのだが」
「それは心得ております。ご安心くださりませ」
こういってから夏さんは、褒美としてもらった金をもち自分の屋敷まで護衛に送ってもらった。
さて、その数日後の夜、蒸し暑くて眠れないといい夏さんは庭にある東屋で涼を取っていた。夜半になって夏さんはなんと一人で表へ出た。しばらくすると、誰もいないはずの大通りの向こうから牛が引く車がやってきた。そこで夏さんは、前に出で牛の手綱(たづな)をつかんだ。こうして牛は止まり、車も止まった。もちろん、車の中から声が聞こえる。
「誰じゃ?わしに何か用か!?」
「これは失礼いたした。わたしは夏侯弘というもの」
「おお。夏どのか。そのほうのことは聞いておる。徳行よきものだそうな」
「いえ、いえ、とんでもござらぬ、実はあなた様にお聞きしたいことがござります。あなた様は確か」
「なんじゃ。わしはかの都の西の軍事をつかさどってる武将の謝尚の父じゃ、ま、いまから十数年前にあの世へ行ったがのう」
「そこでお聞きしますが。謝尚どのにはなぜ男の子が出来ないのでござりましょうか」
これを聞いた車の中の人物、ため息をついたあと、言い出した。
「これはそこもとを信じていう。他言は許さぬぞ」
「はい。ご安心なさいませ」
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