日本に来てもう8ヶ月が過ぎました。こんなに美しい土地で生活し、勉強しています。私たちは2003年8月に中国の南京から日本にやって来ました。日本の土地に踏み込んだ瞬間、日本は非常に環境がいい国だと感じました。私たちは日本の岐阜県にある研修所で20日間勉強しました。初めて親からの独立が日本でのこの 20日間からでした。最初は不便な事があったけど、ここの先生たちが勉強だけではなく生活面でもいろいろ教えてくれました。この時私たちは日本人の優しさを心深く感じることができました。研修所で過ごした20日間言語能力ももちろん上がったけど、もっと大切なのは生活と日本文化、そしていろんな面を少しずつ理解するようになったことです。研修所ではリラックスできる環境を作ってくれたので、その間は皆とても楽しかったです。20日間の学習生活を終え、先生たちと別れて皆で今住んでいる会社で研修生活を始める事になりました。
最初に会社へ来た頃、上司も社員も力を尽くして助けてくれました。私たちがこれから住む部屋まで事前にきれいに掃除してくれたし、生活用品も全部用意してありました。会社での研修生活は初め言葉が原因で、指導内容が理解できなくて社内のいろんな面でうまくやることができませんでした。でも会社の皆さんは1回も面倒だと思ったことがありません。いつもいろんな形で私たちを指導してくれました。何回も何回も私たちが理解応用できるまで・・・。わたしたちも毎日自分の研修作業に精一杯頑張っています。よく分からない市があったら直ぐに、他の同僚に相談するようにしています。生活面でも会社の皆さんは、私たちを気遣ってくれるし心配してくれます。また冬になると私たちのために暖房設備を付けてくれました。私たちにいつも体に気を付けるようにと何回も言いました。そして朝の出社と夕方の帰宅にも「安全に気を付けなさいよ。」と注意してくれます。精神面でも、私たちがホームシックにならないか、何か慣れないことで困っていないか、心配事が有れば何でも相談しなさい、といろいろ話をします。とにかく隅々まで気を配ってくれます。だから、いつも感謝の気持ちでいっぱいです。そう言えば、今年の1月頃私が風邪で高熱を出した時、会社の皆さんすごく心配してくれました。午前中、課長はわざわざ寮まで私を迎えに来て、車で病院に連れて行って診察しました。帰りに薬や果物やパンなどを買ってくれました。会社に戻ると、私たちの組合に連絡を取って私の状況を詳しく説明しました。組合の人は奥の飲み方を分っているのか心配で、わざわざ薬の飲み方を中国語に訳して、FAXで送ってくれました。午後、課長は大雨が降るにもかかわらず私の所へ来て、工場の事は心配しないで寮でゆっくり休んで、と言ってくれました。そして私の病気が心配で、私と一緒に住んでいる同僚に毎日私の事を尋ねたそうです。外国での生活でこんなに多くの人々から優しくしてもらうなんて本当に感動しました。同時にとても感謝しています。
またある時、私の歯周から出血があって、その時も会社の人は私を直ぐに病院へ連れて行き診察しました。帰ってからは、私の食事療法に関していろんな注意点を教えてくれました。その後も私の体調を尋ねてくれますが、こういう気配りは、本当に国へ帰ったような気持ちでした。とにかく8ヶ月の日本生活、私たちは毎日毎日とても楽しく過ごしました。会社の一人一人のお陰で、いろんな知識やある程度の操作技術を身に付けることができました。これからも私たちは白分の作業をきちんとやって、技術の修得と会社の発展のために精一杯頑張ります。
もう一度、私たちを暖かく見守ってくれてる人々に感謝します。本当にありがとうございました。 おわり
http://www.jitco.or.jp/composition12/8Essay.htm 作者:劉沁
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