北京
PM2.577
23/19
ゲスト:白出博之さん 聞き手:王小燕
今年から施行開始となる中国初の「民法典」をめぐり、弁護士で、日本国際協力機構(JICA)の中国駐在長期専門家の白出博之さんに法学入門講座をお願いしました。シリーズ2回目は持続可能な発展を目指すべき21世紀型の民法という視点からみた民法典についてです。
◆持続可能な発展を目指すべき21世紀型の民法
――中国で「民法典」が全人代で通過した去年は、日本においては、改正後の民法が施行される年でした。同じく民法の分野の出来事で、隣国で置きた動きを、日本の法律関係者たちはどのように注目していましたか。
白出 日本から見て、中国における取引の実務が遙かに進んでいる分野、特に科学技術の進歩が活用されて一般に普及している電子商取引等に関連する問題を、民事基本法である民法典ではどのように規律するのか。これは並行して立法作業が進められ、2018年に成立した「電子商務法」と民法典との役割分担に関わる問題でもありますが、結果として民法典契約編ではネット経済の発展に適応し、電子契約の締結・履行に関する基本的なルールが整備されています。
同様に科学技術の応用という点では、遺言相続の場面で印刷、録画等の新たな遺言形式が追加されている点は注目点の一つです。
婚姻家庭編では離婚冷静期に関する規定の創設は、日本国内の報道でも特に取り上げられていた注目点です。
――そういった動きを踏まえて、中国初の「民法典」の立法理念や条文そのものの完成度について、法律専門家の視点からどう評価しますか。
白出 中国の立法機関は、中国の憲法、立法法が定める科学合理的立法、民主立法、依法立法の原則に基づいて、中国の国情と司法実践、大陸法系の伝統的な理論から出発しつつも、海外の立法例との比較法的研究を考慮したうえで、いわば「世界の民法理論と法実践とをリードすることができる、新時代の羅針盤となるべき『21世紀型の民法典』」を目指したものといえると思います。
◆単独の人格権編の設置に大きな意義がある
――「民法典」の中に、白出さんが特に注目している内容がもしあれば、教えてください。
白出 私が注目している点には、たとえば、民事主体が享有する民事権利の拡充、保障の強化や、中国社会で問題とされている「違法コスト安、遵法コスト高」という現象に対する懲罰的賠償制度の拡充は、比較法的にはユニークで大胆な手法といえます。また、「第三編 合同」ではいわば中国的特色のある合理精神に基づいた法体系の設計になっている点、さらには、弱者的地位にある民事主体の保護の強化、などを指摘することができます。
少しだけ詳しく述べたい点は、最近中国でも話題になっている「第四編 人格権」についてです。この「第四編」では、現行の関連の法律と司法解釈等の到達点を基礎として、人格権の具体的な内容・保護方式が規定されています。プライバシー、個人情報保護等については、今後、さらに単行法立法の制定によって、内容の明確化・詳細化が図られるとしても、これらの権利・利益が先ず民法典に明記されたことによって、民事訴訟を通じた権利実現の途が、法律的保障の裏付けを得た意義は極めて大きいと言えます。また単独の編として人格権編を置くことによって、人格権保護の重要性を、人民及び法執行機関に強く認識させる意義も認められるでしょう。
また、もう一つは、民事活動の基本原則として、資源節約・生態環境保護に有利となるグリーン原則を採用し、これを具体化する関連規定を契約編にも配置しており、環境保護専門立法との連携・調整を図っている点も、持続可能な発展を目指すべき21世紀型の民法の特徴ということができます。
――民法典は、技術の変化や社会の変遷がもたらした新しい問題に対応すべく、行なった法整備でもあります。そういった視点から中国における民法典の今後の課題をどう捉えていますか。
白出 まず中国の民法典の特徴の一つとして、民商法合一主義が採用されており、日本法であれば商行為、商事契約として商法がカバーする問題も民法典が対応していること。また契約編の典型契約にはファクタリング契約、ファイナンスリース契約等を含み、技術契約関連では知的財産権法に関わる基本規定も多く含まれています。
この他、民法典の編纂過程では、独立した知的財産編を採用すべきと言う意見も強く主張されたと聞いています。民法の歴史を振り返れば、財産権と言えばすなわち、物に対する権利、所有権の保護こそが最重要であり、その後、近代社会では人に対する権利である債権の優越的な地位が意識され、民法にもそれが反映しました。歴史の発展から言えば、知的財産権の保護が喫緊の課題であることは明白であり、中国民法典を、21世紀の世界をリードする法典と位置づけた場合には、民法典の中に知的財産権編を採用するという意見の狙いは良く理解できます。
しかしながら、技術革新等による実務ニーズの著しい変化等から、関連するルールの変更を要する場面も多くなることが予想される分野でもあるため、一旦、これを民事基本法である民法典に採用した後、頻繁に改正が必要になるということは、逆に民事基本法として相応しくないと立法機関は判断したものでしょう。
民法典成立前の、中国の有効な民商事法は合計32本ありましたが、このうち婚姻法、相続法、民法通則、養子縁組法、担保法、契約法、物権法、権利侵害責任法、民法総則の9本が、民法典の中に組み込まれることから民法典施行と同時に廃止され、残りの23本(例えば海商法、会社法、消費者権益保護法、渉外民事関係法律適用法、著作権法、専利法、保険法、手形法等)は継続して存続するとされています。
つまり民法典が民商合一主義を採用し、かつ時代のニーズに適応する新ルールを採用すると言っても、民事基本法たる民法典に組み入れるべき規範かどうかを、立法機関が厳密に判断していることの表れと言えるでしょう。
――民法が公民の社会生活でしっかりと役割が発揮できるまでには、何が大事だとお考えですか。
白出 何よりも法律の生命力はその実施にこそあり、法律の権威もその実施にあります。新しい民法典が広く中国社会に普及して、それが正しく実施され、新時代における羅針盤として中国社会に確実に根付くことをまず期待しています。
民事訴訟法には強制執行の関連手続が規定されていますが、実務では未だ「執行難」「執行乱」等の問題が存在するようです。そこで今後、より強力な民事強制執行手続を独立の単行法として立法していくことが、民法典を真に実効あらしめるものとなるでしょう。
つづく
【プロフィール】
白出博之(しらで ひろゆき)さん
日本の政府開発援助事業(ODA)である法整備支援プロジェクト実施のために、日本国際協力機構(JICA)の長期専門家として、2011年1月から中国北京に派遣。その後、約11年にわたって「橋渡し・調整役」として中日法律交流事業に関わる。その仕事ぶりが評価され、2019年に世界31カ国の外国専門家100名の中の一人として、中国政府友誼賞を受賞。
【リンク】
比較の視点から読み解く中国の民法典 ~JICA長期専門家・白出博之さんに聞く(上)
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