【観察眼】忘れられず、忘れてはならない7月7日

2020-07-07 17:17  CRI

 7月7日、日本では「七夕」の日。中国にも「七夕」があるが、旧暦で数えられる。それに対して西暦のこの日は、中国では「盧溝橋事変」の日として銘記されている。1937年7月7日、日本軍が北平(北京の昔の名称)南玄関の宛平城外で発砲したことで引き起こされたこの事変は、その後8年も続いた中国人民抗日戦争の全面勃発を意味した。中国では3500万人の死傷者が出た戦争だった。

 2020年は、第二次世界大戦の終結から75周年の年でもある。全世界では9000万人の死傷者が出たと言われているこの戦争を戒めとして銘記する必要がある。

 1978年12月、中日平和友好条約の批准書が交された後に締結した初の姉妹都市として、名古屋と南京は長い友好交流の歴史がある。しかし、2012年、名古屋市長の歴史を否認する発言によって、両市の公式的な交流が事実上途絶えてしまった。今回の新型コロナが拡大する中、まずは名古屋市から南京市に10万枚のマスクが寄贈され、その後、南京から15万枚のマスクが名古屋に送られた。その箱には、送り主の南京市対外友好協会から次のようなオリジナルの詩が印刷されていた。

  紫金草満地  春桜花連枝

  持持芳華意  摘以寄心知

 この詩を日本の有志は次のように翻訳している。

  紫金草が大地一面に咲き誇り

  春の桜が満開となって 枝と枝が絡み合っている

  素敵な想いが寄せられた花々を摘み取って

  遠方に送るわが心を知ってほしい

 起句に出てきた「紫金草」は、実は日本人が作り、のちに中国にも広まって市民権を得た言葉である。別名「むらさき花だいこん」と呼ばれているこの花は、中国での名は「二月蘭」、「諸葛菜」などである。戦時中、悠久の歴史を持つ古城・南京の無残な姿を背に、現地で美しく咲く紫色の野花に心を打たれた元日本陸軍衛生材料廠長だった山口誠太郎氏が種を日本に持ち帰って、戦後の平和を象徴する花として、有志と共に種を撒いてきた。児童文学者の大門高子氏がこの実話を聞き、20年の月日をかけて取材し、合唱組曲「紫金草物語」(作曲:大西進)と絵本「むらさき花だいこん」(絵:松永禎郎)を創作した。花に思いを託して、日本が加害者でもあった歴史を広く語り続けてきている。1998年から日本全土各地にできた紫金草合唱団は20年あまりの活動を通して、歴史と向き合い、戦争を反省し、平和を訴える活動を続けてきた。南京を始め、中国各地でのコンサートも開いてきた。

 現在、南京大虐殺遇難同胞記念館新館の一角には平和と友好の象徴として、「紫金草花園」が設けられ、紫金草をキーワードに展開された中日間の交流が中国でも小説化されている。

 牛飼いと織姫の「七夕」のほかにも、もう一つの7月7日の歴史があり、それは忘れられないことであり、決して忘れてはならないことだ。(CRI日本語部論説員)

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