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<日中友好協会のあゆみと日中関係概観>
   2007-11-01 15:59:26    cri

 1931年 満州事変

 1937年 盧溝橋事件・日中全面戦争

       長野県としては満州開拓団3.3万人の送出、島兵団3千人が河北省南部駐屯、河北省などから2千名あまり
      が強制連行(240名あまりが犠牲)

 1945年 太平洋戦争・日中戦争が日本の全面降伏によって終結

 1949年 中華人民共和国建国

       日中友好協会設立準備会発足

 1950年 日中友好協会創立

       日中戦争の反省にたって、日本の軍国主義的錯誤を改め日中不再戦・平和友好を理念としてスタートした。
      (内山完造先生ら先覚者の努力)

       第2次大戦の終結から、朝鮮戦争に向かう米ソ冷戦の厳しい冬の時代であった。

 1956年 長野県日中友好協会設立

       強制連行殉難者の遺骨収集と慰霊・遺骨送還の取り組み、開拓団現地訪問への期待。

       日中国交正常化を目指して民間の幅広い努力・LT貿易や覚書貿易運動の紆余曲折はあったが友好協会は
      そのつど多くの国民・県民の共感を得て日中両国の架け橋として細く険しい道を次第に拡げてきた。

 1972年 日中共同声明・日中国交正常化

       法的な戦争状態の終結、日中国交正常化の実現。

       交流の流れが年毎に拡大、地方自治体の参加、協会としても各界と提携しての幅広い態勢作りを目指す

 1974年 日中航空協定 人的交流拡大の基礎

 1977年 長野県日中友好県民の翼(西沢知事団長135名)北京・河北省などを友好訪問

 1978年 日中平和友好条約締結

       日中関係の基本を条約として確認。この年中国は鄧小平の改革開放政策へと舵をきり、ここに日中関係の
      大発展の基礎が出来上がった。

 1981年 長野市と石家荘市が友好都市提携

 1983年 長野県と河北省が友好提携

       経済・農業・医学・スキー・学術・文化・青年交流など各分野の交流が幅広く展開される。

       *地区日中友好協会の拡大

       *県・関係団体・日中友好協会が連携して実施委員会を構成し専門分野の交流を推進(長野県方式)

       *友好都市提携の推進(長野県=河北省、長野市=石家荘市、須坂市=四平市、伊那市=通州区、
      松本市=廊坊市、上田市=寧波市、他)

       *県内企業の中国進出(350件)

       *中国残留邦人の帰国と自立支援活動(4200名県内在住)

       *留学生の拡大(信州大学や長野大学など560名)

 1998年 「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」を発表

 2000年 日中友好協会創立50周年

       社団法人日中友好協会として新たなスタートをきる。協会の伝統を受け継ぎ発展させ民と官が提携して友好
      協力を進めていく。

 2001年 日中友好協会・中日友好協会など日本と中国の17の民間友好団体が北京で「新世紀における日中民間友好宣言」を発表

 長野県日中友好協会より

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