やがて夜半になり、夜空には月が出た。するとそれれまで聞こえていた伊五のいびきが不意に止み、伊五がおきだして懐から短剣を取りだすと床を下り、娘の部屋に向かって走り出し、戸を蹴り上げて中に踊りこんだ。これに大官らががたがた震えだし、明かりを下男に持たせて娘の部屋の前で中の様子をびくびくしながら伺った。すると部屋の中から「えい!や!」という叫び声がしたかと思うと、何か軽いものが地べたに落ちた音がした。そして娘の悲鳴が聞こえ静かになった。これに部屋の外のものはどうなったのかと心配したが、しばらくして伊五が、汗をかきながらも何にもなかったような顔してでてきた。
「伊五どの!いったいどうなったんですかの?」
大官がこうきくと、伊五は大官に明かりを持って部屋に入れという。
そこで大官らは伊五について恐る恐る部屋に入ると、娘が床で静かに眠っていた。そして伊五が地面に落ちているものを指差し言った。
「これですよ。お宅の娘さんを操っていたのは」
そこで明かりで地面を照らすと、そこには夏に使う藤織りで中が空の枕が潰れて落ちており、枕からは何と血がたくさん流れ出ていた。
「ええ!?こんなものに娘が取り付かれていたのか?」と大官。
「そう、はやくこれを焼いてしまいなさい。さもないと、こやつが息を吹き返せばまた悪さを働くかも」
これを聞いた大官は、さっそく下男にこの藤織り枕を庭につまみ出させ、火をくべて焼いてしまったワイ。
それからというもの、この屋敷の娘は元気に暮らしたと。
え?伊五?もちろん、大官からかなりのお礼をもらったが、その多くは貧しい人に分けてしまった。その後、伊五は師匠のもとに行くといい、遠くの山にむかったという。
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