今晩は、ご機嫌いかがでしょうか?林涛です。
みなさんは北京の豚肉料理「醤肘子」(ジャンゾーズ)をご存知でしょうか?これは、豚の腿肉(ももにく)に、いろいろと味や色をつけ、とろ火で長時間煮込んだものです。 表面はつややかで噛むとと柔らかく、味がよくしみており、見た目はコッテリしていますが、あっさり食べられ、美味しいですよ。もう200年の歴史があるといいます。特に北京の老舗「天福号」の「醤肘子」は昔から有名です。
で、この時間はこの「醤肘子」にまつわるお話と、昔の笑い話を二つご紹介しましょう。
最初は「醤肘子」のお話です。題して「居眠り息子のおかげ」(天福号醤油肘子)
「居眠り息子のおかげ」
ときは、清の乾隆三年。山東から都に来た劉さんが、西単にある鳥居の近くに肉屋を開いた。劉さんは新鮮な肉を仕入れ、それをほかの店よりもいくらか安く売っていたので、商いはまあまあだった。そのご、山西から知り合いの秦さんが来たので、煮込み肉が得意だというこの秦さんと手を組み、生肉を売りながら、煮込み肉をも売り出した。店は繁盛し、「天福号」という名をつけた。ところが数年後に、秦さんがふるさとに帰らなくてはならないことになったので、劉さんは一人で店をやるしかなかった。そこで劉さんは秦さんに教えてもらい肉の煮込みだけを作る店にした、
この劉さんは妻と息子の三人暮らし。妻は家事以外に店を手伝うものの、忙しいので息子に手伝わせた。息子はこれまで家計がよかったので、あまり店の手伝いをせずに塾に通っていたせいか、頭がよく、物覚えもよかったものの、力仕事はできない。肉の仕入れは疲れる、肉を切るのも大変だとと駄々をこね、字を習っているものの、勘定は面倒くさいといって嫌がった。怒った劉さんが息子を痛めつけようとしたが、妻がかばうのでどうしようもない。仕方なく、夜に肉を煮すぎないよう見張る仕事を息子にさせることにした。
もちろん、煮込み肉の味付け劉さんがする。これは皮付きの肉を適当な塊に切り、それを冷たい水で洗ったあと、鍋に水を入れて沸かし、かの肉の大きな塊を入れて、塩、肉桂、砂糖、生姜、酒と山椒のようなものを入れて煮た。しばらくして肉を取り出し、鍋に浮かんだ灰汁を取ってから、また、その煮汁で、肉を今度はとろ火で煮るという時間がかかる仕事である。それに火加減を見るのは難しい。
と、ある日の夕方、町の役人が屋敷の使いをよこし、明日にうまい煮込み肉が食いたいから作っていてくれと頼みに来た。そこで劉さんが煮込み肉を多めに作る用意をし、この日の夜も息子に火加減を見させることにした。
「息子や、いいか、煮込み肉はとろ火で煮てこそ、肉が柔らかくなり、味もしみこむんだ。しかし、絶対に煮すぎてはならん。それに焦げたりしてみろ、せっかくに肉が台無しになる。肉は高いんだぞ。いいか、しっかり火加減をみるんだぞ」
「わかったよ、とうさん。でも、眠いよ」
「なにをいう。お前はお昼に少し寝ただろう。いいか、寝てしまうんじゃないぞ。父さんは朝が早いからこれから少し寝ることにする」
「わかったよ。寝なきゃいいんだろ」
「じゃあな、しっかりみてろよ。火が消えそうになったら、そこにある薪を少しづつ足すんだぞ」
こうして劉さんは部屋に戻り、横になった。
こちら息子、父に言われたとおり、かまどを睨んでいたが、しばらくして火が消えそうになったので、薪を多めにくべてから、椅子にすわり、かまどをまた睨み始めた。そのうちに上まぶたと下まぶたがけんかし始め、頭もふらつき、とうとう居眠りを始めてしまった。もちろん、劉さんは朝が早く、疲れていたこともあり、とうに寝てしまっている。
それからどのぐらいたっただろう。東の空が明るくなり始め、劉さんがいつものとおりに起きた。さて、煮込み肉のほうは出来たかなとさっそく台所に来てみると、なんと息子は壁にもたれていびきをかきながら寝ており、肉はと鍋の蓋を開けると、肉汁が少し残っているだけで、肉の方は塊が崩れかけるまでになっていた。
これはいかんと、劉さんは鍋からそっと肉の塊を大きな掬いで取り出し、残った汁を肉にかけてから、少し味見してみようと思ったが、肉が柔らかすぎて箸でつまめないありさま。そこで息子をたたき起こして叱りつけた。
が、それに息子は渋い顔をするばかり。いくら叱っても仕方がないとあきらめた劉さんが、肉を冷ましてから大きな皿に載せて、風通しのよいところにおいた。もちろん、肉は高いし、いろいろと味付けし、時間をかけて作ったので捨ててしまうのはもったいないと思ったからである。その上で、この日はかの役人の使いがこの煮込み肉をとりに来ることになっている。どうしよう、どうしよう、何か方法はないものかを思ったが、どうしようもない。そこで、仕方なく、やわらかくなりすぎたこの煮込み肉をそのまま、役人の使いに渡すことにした。これを聞いた妻は大丈夫かねと心配したが、劉さんは、ため息ついて言う。
「もう間に合わないよ。じたばたしても仕方がない。息子のしたことだから・・。そうだな、お金はもらわずにもっていってもらおう。次は本当にうまい煮込み肉をお作りしますからといっておくしかない」
こうしてその日の午後、役人の使いが店に来た。
「おい!おやじ!昨日頼んでおいたものできてるだろうな」
「これはお使いご苦労さまです。実は、煮込み肉は作りましたが、少しやわらかすぎたかもしれません」
「なんだって?」
「いえ、食べられますが、いつもよりやわらかくできましたので、お役人さまのお口に合うかどうかわかりません」
「ということは?」
「ですから、お金の方は、お役人さまがうまいと思われてから頂きます」
「ふーん。面白いことを言うおやじだな。それなら、そうするか」
「では、そういうことでお願いいたします」
「じゃあ。肉を屋敷にもって帰るよ」
ということになり、劉さんは、肉を大事に包んで屋敷の使いに渡し、使いは帰っていった。もちろん、劉さんはこれで自分の商いも評判が悪くなる家で妻と一緒にがっかりしていた。
さて、こちら屋敷。使いがかの煮込み肉を持ち帰ったので、食いしん坊の役人はさっそく、それを薄く切らせて卓に運ばせた。
「うん?この肉はかなり柔らかそうじゃな」
「はい、旦那さま。店のおやじは、なんでも昨夜は肉をやわらかく作りすぎたとかで、もし、旦那さまのお口に合わなければ、お金は要らないと申しておりまする」
「なんと?面白いおやじじゃな。まあよいわ。わしの口に合うか合わないかは、食べてみなければわからんからのう」と箸を取ってつまみ、口に入れた。
「うん?うん!うん!これは皮まで柔らかく、味がよくしみていて、こってりしているようじゃが、かえってあっさりしている。うまい!うまい!」
役人はこの煮込み肉のうまさに感心し、なんと瞬く間に大皿に切り並べたものを半分以上も食べてしまった。
これを見ていたかの使いはびっくり。
「旦那さま、どうしたのでございます。今日はかなり肉をお召し上がりでございますね」
「おお。もちろんよ。よいか。いまから店に行って金を払ってこい!それから、これからは周に二回はこのような煮込み肉を屋敷に届けるよう頼みに行くのじゃ。」
ということになり、使いはさっそく店に行って金を劉さんに渡し、役人の注文を劉さんに告げた。
これに劉さんと妻は大喜び。こちらは、かの使いが肉を持って店に文句を言いにくるとばかり思っていたので、これをきいてはじめてそんなにうまかったのかと考えたが、実を言うと、朝起きて台所に入ったとき、鍋の中の肉は柔らかすぎて箸でつまめなかったし、あとで冷ましていくらか硬くなってからも、自分で味見はしていない。このことに気づいた劉さんは、もう一度同じように時間をかけて煮込み肉を作り、やわらかく煮あがった肉に残った汁をたっぷりかけて、十分さましてから、包丁で切って口に入れてみた。うん、たしかにうまい。
「そうだったのか!冷ませばいいのだ」と劉さんはそのときから肉の煮込む時間を長くし、味のほうでも工夫をこらした。
こうして劉さんの作る煮込み肉のおかげで店は大繁盛。まもなく、このうわさが、宮殿にまで伝わり、その美味しさが認められ、このときから劉さんの店「天福号」、特にこの店の煮込み肉、つまり「醤肘子」は都の名物となったわい。
え?劉さんの息子?それは本には書いてないので、はっきりわからん!!
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