次のお話です。「けん異録」という本から「自分の代わり」
「身代わり」(張凱)
ある町に張凱という六十になる人が住んでいた。建武二年のこと、彼は郊外から馬車で帰る途中、道端に男が仰向けに倒れているので、馬車からおりれ近寄ってみると、男は苦しそうな顔で張凱を見ている。そこでいったいどうしたんだと聞くと、足がひどく痛くて動けず、家は南楚というところにあるが、これでは家族をここへ呼ぶこともできないという。これに同情した張凱は、馬車に積んであった荷物を全部捨て、男を馬車の上に横たわらせた。これに男は礼をいい、そのままじっとしていた。こうして馬車は張凱の家に着いたので、張凱はまたも男を背負って家の中に入り、外の部屋の床に寝かせた。そこで男は横になりながら、また張凱に礼をいう。これに張凱は答えた。
「そんなに気にすることはない。旅に出ればいろいろなことがある。こういうときは人に助けてもらうしかない。わたしもむかし旅をして人に助けてもらったよ。あんたはしばらくわたしの家で休みなさい。明日にでも人をやってあんたの家族に知らせるから」
これを聞いた男は安心して寝てしまった。
さて、翌朝、張凱が起きて外の部屋に行くと、かの男は庭に出て辺りを眺めていた。そして張凱が来たのに知らん顔をしている。そこで張凱が声をかけると男は難しい顔して答えた。
「張凱さん、実は昨日足が痛いというのはうそだったんだよ。ただあんたがどんな人間が試しただけさ」
「なんだって?そんな・・人を馬鹿にするのか!」と張凱は怒り出した。
「まあ、まあ、そう怒りなさんな」
「怒るのが当たり前だろうに」
「ふふ、そうかもね」
「あんた何者だ!」
「わたしかい。わたしはあの世からきたものさ!」
「え?冗談じゃない」
「冗談なんかじゃない」
「と、ということは?」
「わたしは閻魔の使いであんたをあの世に連れにきたのさ」
「そんな馬鹿な!」
「ほんとのことだ。あんたの寿命は六十までとなっていた」
「では・・」
|