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中秋節に月餅を食べる風習は元代に始まったと言われています。 当時、黄河流域の多くの民たちは元朝の残酷な統治に絶えられず、次々と反乱を起こしました。そして朱元璋たちの連合軍も、武装蜂起の準備を進めていたのです。しかし、朝廷の取り締まりは厳しく、各決起軍に対して情報を伝えるのは非常に困難でした。 そこで軍師の刘伯は一計を案じました。配下に命じ、情報を伝えるメモを“餅子(粉をこねて焼いた食べ物)”の中に入れ、手分けして、各地の決起軍に送り届けさせたのです。メモには「8月15日夜決起」と書かれていました。 そして決起の日。各義勇軍はいっせいに呼応して軍を起こし、その戦いは燎原の火のごとく激しいものでした。 あっという間に、刘伯の軍は元の都に攻め入り、見事、決起は成功しました。朱元璋は大いに喜び、今後は中秋節を迎えるにあたって、兵も民衆も共に祝うとともに、決起の“立役者”となった「月餅」を節気のお菓子として、臣下に与えるようにしました。 その後、「月餅」はより巧みな作りとなり、また種類も多くなって、上等な贈り物の一つとなりました。大きなものになるとまるで大皿のようなものまであります。 中秋節に月餅を食べる習慣は、こうして、広く庶民の間に広まっていったのです。 | |