――ちょっと話したい話――

北京の地下鉄の駅名に思う

 「雨後の筍」ということばは中日共通のようだ。中国では「雨(ユイ)后(ホウ)春(チュン)笋(スン)」と書く。北京の高層ビル建設ラッシュは、まさに「雨後の筍」である。

芥川竜之介の北京

 1921年に北京を訪れた日本の作家・「羅生門」などで知られる芥川竜之介(1892~1927年)は、「夢の黄色、紫禁城を繞った合(ね)歓(む)や槐(えんじゅ)の大森林」――誰だ。この森林を都会などと言うのは?」と書き、北京にすっかり惚れ込んだようだ。芥川はさらに「僕東京に住む能わざるも北京に住まば本望なり」とまで記している。

 芥川竜之介の目に映り、心に刻まれた森の都北京、高層びる建設ラッシュ、大都会の嵐のなかで、その面影を残すところも一年一年少なくなっているが、北京の中心にある景山公園の山頂の万春亭から眺める南池子、北池子、中海、南海のあたり、北京の西北にある徳勝門の箭楼から眺める後海の畔りの鴉児胡同、後海北沿のあたり……などには、まだいくらか森の都の面影が感じられる。

 「森の都」が遺してくれたこうした緑の遺産、北京っ子はここに身を置くことで、いや遠くからそこを眺めるだけで、いやいや、そこが健在だという便りを聞くだけで、こころの安らぎを感じるのである。

 出端から話がタイトルをだいぶ逸れてしまった。本題に戻ろう。北京の地下鉄の駅名についてだ。

 昨今の北京、地上では高層ブルの建設ラッシュ、地下では地下鉄の建設ラッシュが続いている。

 先日、家の近くの地下鉄一番線の復興門駅の切符売り場に、東京や大阪の地下鉄の駅に置いてあるようなコースをいろいろ色で描いた地下鉄路線案内表があったので(もちろん北京の地下鉄)、頂戴してきた。

 家に帰って、北京人の好む北京の茶の老舗張一元乃茉(モー)莉(リー)花(ファ)茶(チャア)(ジャスミン茶)ながら、この路線案内を楽しんだ。


北京の地下鉄の路線案内マップ

 この路線案内表をみてみると、わたしがよく利用していた一番線、二番線のほか、四番線、五番線、八番線、10番線、13番線……と続く。数字が飛んでいるのは建設中か、建設予定の路線なのだろう。駅名が豊富多彩なのに驚く。10番線の金台タ照、芍薬居、牡丹園、知春里……、それそれの土地の名やそこに伝わる伝説から採った駅名だろう。『金台タ照』と所縁があるのだろう。どれも心がほのぼのとするようなネーミングだ。

「門」の多い環状線


北京地下鉄一番線天安門東駅外景

 二番線を、わたしは環状線と呼んでいる。東京の山手線のように、北京の旧市内をぐるりと回っているのだ。二番線の駅名は、末尾に「門」という字がつくのが目立つ。十八ある駅のうち、十一の駅の駅名の最後の文字が門なのだ。わたしの家の近くの復興門駅から左回りに門のつく駅を捨ってみると、宣武門、和平門、前門、崇文門、建国門、朝陽門、東直門、安定門、西直門、阜成門、そして復興門に戻ってくるのだ。どうして、こうも門が続くのか。その謎は、この地下鉄環状線が明、清の時代の北京を囲む城壁の地下を走っていて、「門」の字のつく駅の地上には、城門があったからだ。

北京人の方向感覚

 惜しいことに、城壁、城門のほとんどは、1950年代に取り払われてしまったのだが、数百年の歴史を見守ってきた城門は、地名として、地下鉄の駅名として、いまでも庶民に親しまれている。不幸中の幸いだ。もしも、名前までも消えてしまったら、北京人は羅針盤を失った船のように自分がどこに居るのかわからなくなってしまうだろう。城門は、大海原のなかの燈台のような存在だ。北京人の方向感覚はいまでも上下左右ではなく、東西南北である。前門(正陽門の俗称)は北京の中心、東北には東直門……とそんな感覚で頭のなかに北京の地図が描かれているのだ。

 城門には、それぞれの役割があった。前門は天安門の南にあり正に北京の表玄門で、皇帝や皇族たち専用の「御門」だった。崇文門は南郊外の酒どころから酒を運びこむ門。東直門は大運河を使って南から送られてきた木材などを運び込む門。安定門は市民の糞尿を郊外の農村に運び出す門。徳勝門は軍専用の門。西直門は西郊外の玉泉山から皇室用の飲料水を運び込む門……。

歴史との対話


北京地下鉄一番線天安門東駅のプラットホーム 

 数百年にわたって北京の歴史を見守ってきた城門、その一つ一つには庶民の喜怒哀楽を綴った数百、数千の故事、伝説が刻まれている。城門は消えてしまったが、その名前は地名として、駅名として遺っている。もしも、名前も遺っているなければ、われわれは歴史との、祖先との対話の相手を失ってしまうだろう。

 北京は、東西南北、天空、地下に向かって日進月歩の歩みを続けている。その一歩一歩が歴史との対話のなかでの歩みであってほしい。北京の地下鉄環状線、二番線に乗って「門」「門」「門」と続く駅名をみながら、こんなことを考えていた。

 最後に一言断っておくが、わたしは「復古主義者」でもないし、「守旧派」でもない。現に、ここ数年の北京の春節の「熱狂的」な爆竹さわぎなどには、声を大にして反対している。