北京
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湖南省攸県出身の艾愛国さんは、1985年6月に中国共産党に加入しました。
職人精神の傑出した代表者とも言える人で、あらゆることにベストを尽くし、労働者としても、最高の労働者になりたいという信念を貫いてきました。溶接業界で50年間にわたって従事し続け、優れた溶接理論と技術を身に着けました。艾さんは数多くの国家レベルの重要な溶接プロジェクトの技術難関攻略戦に参加し、溶接に関する数百以上の難関を乗り越えてきました。中国溶接業界のリーダーとして、技術の普及に力を入れ、全国に600人以上の技術人材を養成しました。その取り組みや姿勢から、「全国模範労働者」「全国十大傑出労働者」などの称号を獲得しました。
艾さんは1950年3月に生まれ、18歳の時に知識青年として地元の農村活動を支援しました。その時から艾さんは持ち前の負けず嫌いの性格を示しました。当時、湖南省の大手鉄鋼工場が労働者を募集していましたが、艾さんのいた村は職員募集の枠に入っていませんでした。しかし、地元の農民や幹部、さらに仲間たちが共同で艾さんを推薦するため、わざわざ鉄鋼工場に推薦状を提出しました。その結果、艾さんは村唯一の鉄鋼工場で働く労働者となりました。
工場で働いた当初、艾さんは配管工でした。ある時、鉄鋼工場の仕事を支援するために来た北京第二建築工程公司の溶接労働者たちが酸素ボンベを背負い、はんだごてを手に持ち、マスクをかぶって、高炉の割れ目を奇跡的に溶接していくのを艾さんは目にしました。とても感心した艾さんは北京の技術者たちに付いていき、溶接技術を学び始めることにしました。ガス溶接の技術をマスターした後、艾さんはさらに、電気溶接技術を学びましたが、溶接専用のマスクを持っていなかったため、黒いガラスをその代わりに使いました。電気溶接技術のコツを掴もうと、繰り返し練習した結果、手と顔にしばしば傷がつくほどでした。1982年、32歳の艾さんは8つの審査項目のいずれも優秀な成績を修め、ガス溶接と電気溶接の免許を取得しました。技術的な難関があるところには、必ずと言っていいほど艾さんの姿がありました。周りの同僚から見れば、艾さんは疲れを知らない「模範労働者」です。
艾さんは毎日帰宅後、どこにも出かけず、家で溶接の理論を深夜まで研究してきました。数十年間の理論学習、技術の実践を積み重ねてきた結果、現在の実力を持つようになりました。数十年の間に艾さんは数百人の弟子を育て、この弟子たちの中から全国労働賞を受賞したり、技術達人になる人も輩出しています。
今年71歳の艾さんは定年退職した後、勤め先の鉄鋼工場で生産や科学研究の第一線で仕事を続けています。多くの企業が高額の報酬で彼を招聘するものの、「今の勤め先を離れることはできない」と固辞しています。
艾さんは数十年間、自転車で通勤しています。徒歩で行けるところなら交通手段を利用せず、バスや公共交通で行けるところであれば、タクシーなどを利用することはありません。「疲れを感じることなく仕事に没頭し、質素な生活をすることが共産党員である」。これこそが艾さんが貫き続ける理念です。