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「米から受け取る母の優しさ」 黄雯 北京郵電大学

2016-10-14 13:18:31     cri    

 米は誰が炊いてもほとんど同じであると多くの人が思っているかもしれない。しかし、私にとって母が炊いてくれた米は特別だ。そこには母のさまざまな気持ちが含まれていると思う。

 高校三年生の時、毎朝の自習時間は六時半からで、冬は毎日そんなに早く起きるのは本当に大変なことだった。そんな日々の中で、受験勉強の厳しさと共に真っ先に思い出されるのは、毎朝目が覚めるとテーブルに置いてある暖かいお粥だ。それは母が作ってくれていたものだ。仕事で疲れていた母は睡眠時間を減らしてまで、寒さに耐えつつ毎日毎日お粥を作ってくれた。そんな母の苦労を思い出すと母に対する感謝の気持ちはとても言葉ではいい表せない。母の米が何よりも私の励みになり、受験勉強がどんなに厳しくても、乗り越えることができた。

 また、別々に暮らしている祖母が家に来るときは、ご飯の味はいつもと違うようになる。母は料理が上手で、炊いたご飯はいつも艶めき、とてもおいしい。しかし、祖母が来ると、ご飯はねっとりするまで煮つめられている。その意図を母に聞いたところ、母は「おばあちゃんのためなんだよ」と言った。祖母は年をとっており、噛む力もだんだん弱くなってきた。米をいつもより柔らかくすると祖母は食べやすいし、体にもいい。母のそのような細かな気配りを知って私は驚いた。

 冬の朝の温かいお粥とお祖母さんのための柔らかいお米だけでなく、よく考えてみると、印象に残ったお母さんのお米についての美しい思い出はまだある。それは小学校の時のハイキングのおにぎり。そして、扇風機で冷ましたちょうど食べられるお米だ。このように様々な場面で登場するお米はどれもお母さんの優しさで溢れているのではないかと私は思う。

 私は米が私の口に入るまでの様々な思いを感じようとご飯をよく噛んでみることにした。十回、二十回、百回。噛めば噛むほどご飯の甘さが体中を染み渡る感覚を覚えた。それに、私は母の米から食べ物が持つ力に気付くことができた。食べ物はただ栄養を取るだけのものではなく、人の気持ちを相手に届けることで、気持ちを明るくする力があると思う。毎食、たくさん噛むことが面倒くさいかもしれないが、じっくり感謝しながらご飯を噛み、お米にしっかり向き合って、料理をしてくれる人と食べ物に感謝をしていきたいと思う。

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