補記
以上六篇のエッセイは一九八九年から二○○○年にかけて書いたものです。つまり前世紀の最終楽章に書いたものです。二十一世紀も十年を経過したいま、読みなおしてみると、書き足したいところ、書き直したいところ、削りたいところも多々ありますが、そのとき、そのときの自分の考えの浅さ、自分の筆の拙さを正直に残しておこうと、あえて手を入ませんでした。
そこで、この六篇のエッセイの補記として、さいきん読んでたいへん感銘を受けたある人のことばを記しておきます。中国人でもない、日本人でもない、あるドイツ人のことばです。一九七四年から一九八二年まで西ドイツの首相を務めたシュミットさんが九十一歳の老躯を駆って車いすでベルリン日独センターの二十五周年記念(二○一○年)の式典に出席し、講演したさい述べたことばです。訪日歴五十回という知日派のシュミットさんは日独両国にとって近隣諸国との友好関係が持つ重要性を訴えて、次のように述べました。「二十世紀前半に起きた恐ろしい出来事を、われわれ両国が隣国より早く忘れることは許されないと認識することが大切だ。」
シュミットさんのこのことばを読みながら、わたしは本書第二部の「大江健三郎と拼命三郎」というタイトルのエッセイで引用した陳毅さん(当時中国の副総理兼外相)が大江健三郎さんたちに語ったことばを思い出していました。ご興味のある方はご覧になってください。
|