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 第七十五回:烤白薯と炒栗子

 四季の移り変り――春から夏へ、夏から秋へ、秋から冬へ、冬から春へ――わたしたちの肌はたいへんデリケートに、この歩みを読み取り、しかるべく反応してくれています。肌だけではありません。眼も、耳も、鼻も……。

 鼻といえば、この一見四季の変遷とあまり関係のなさそうな器官も、それなりに反応してくれています。例えば、何処からか焼いもとか焼き栗とかの香りが漂ってくると、わたしは「冬近しだな」と思い、さらには「もう冬だな」と感じるのです。

 冷たい北風が吹く朝、白い息を吐きながら学校への道すがら焼きたてのホカホカの焼きいもを買って友だちと半分に……。今でも冬の北京で見かける光景です。

 北京の街角の焼きいも屋さん。ドラム缶を改造した「焼きいも機」(さし絵参照)一つで商売しているのがほとんどですが、お客さんの主流は女性、それも娘さんが多いようです。ドラム缶の内側に土を塗り、火を焚く部分とサツマイモを並べるあみを置いた部分に仕切り、鉄のふたをしたドラム缶改造のこの簡易「焼きいも機」。上に七、八個の焼き上がったサツマイモが並べられています。お客さんは選りどり見どり。この中から「これを一つ」と指して買っていくのです。

 「烤白薯真熱乎」(焼きたてのホカホカのサツマイモだよ)。北京の焼きいも屋さんの売り声は、耳(聴覚)から冬の訪れを感じさせてくれます。「栗子味児的白薯来喽!」(栗の味のするサツマイモだよ)。これも北京の焼きいも屋さんの売り声です。日本の本で見たのですが、日本でも昔は焼きいも屋さんに、栗(九里)に近い味というわけで、「八里半」とか、「栗より(九里四里)うまい十三里」といった看板が出ていたそうです。サツマイモのおいしさの感じ方。それを栗に見出した中国と日本のグルメの間には、なにか共通したものがあるようですね。

 栗の話が出ましたが、炒栗子(焼き栗)の香りもまた、冬の北京の風物詩です。冬を迎えた北京の街角には、焼き栗用の大きな鉄のお鍋が据え付けられ、このお鍋に入れた熱い砂利で蒸し焼きにした焼き栗の香りが漂います。

 北京の栗は昔から有名です。司馬遷(前145-前86年)が書いた「史記」でも、北京は栗の名産地とされています。北京郊外の良郷や房山が栗の産地だったようです。日本で売られている天津甘栗の原料「板栗」も、天津がその輸出港なので天津甘栗といわれているようですが、主な原産地は北京、この良郷、房山一帯なのです。

 下だって清王朝の時代(1616年―1911年)の北京の歳時記「燕京歳時記」にも焼きいもについてこう書かれています。

 「サツマイモ(白薯)は貧富みな、たしなむ。べつに手数もかけず火を用いて蒸し焼きにすれば、おのずと甘美な味あり」

 この歳時記には焼き栗のことも記されています。

 「栗が出回れば、これを黒い砂で炒焼きすると美味なり。灯火の下で書物を読むかたわら皮を剥いて食べれば、その味とびきり良し」

 栗については、唐の時代(618-907年)に北京の栗が皇帝への献上品として、ときの都、長安(現在の西安)に送られたという記録も残っています。

 こうしてみてみると、焼きいもにしろ、焼き栗にしろ、千年も、二千年も昔から北京に住む人に愛され、親しまれた味なのです。高層ビルが林立し、自動車が洪水のように流れている昨今の北京。だが、北京っ子は今もこの味の文化に心を寄せています。私の眼には、耳には冬空に向かって歌うような素朴な売り声とともに、笑顔で客に焼きたてのいもを、くりを手渡すおじさんが、この味の文化の現代の守り手として映るのです。北京の焼きいも、焼き栗万歳、万々歳!

作者のプロフィール

 李順然、中国国際放送局(北京放送)元副編集長。著書に『わたしの北京風物詩』『中国 人、文字、暮らし』『日本・第三の開国』(いずれも東京・東方書店)などがある。

紹介した内容

第七十四回 落ち葉
第七十三回 天安門素描
第七十二回 漢詩のなかの暑と涼
第七十一回 うちわとせんす
第七十回 五四大街・景山前街・文津街
第六十九回 ざくろの花とちまきの餡
第六十八回 柳絮・漢詩・俳句

第六十七回 黄塵万丈&霧霾万丈
第六十六回 春のリニューアル
第六十五回 北京の旅の穴場
第六十四回 圧歳銭
第六十三回 年の瀬に
第六十二回 涮羊肉と砂鍋白菜
第六十一回 酒鬼
第六十回 漢字の危機
第五十九回 「わたしの夢」さし絵
第五十八回 赤子の心
第五十七回 菊の花と人の顔
第五十六回 馮小剛・莫言
第五十五回 国慶節・天安門・私
第五十四回 エジソンと携帯電話
第五十三回 仲秋節
第五十二回 秋到来
第五十一回 同姓同名
第五十回 王府の今昔
第四十九回 光盤行動・低配生活
第四十八回 -禿三話-
第四十七回 交通マナー雑議
第四十六回 苦熱・溽暑
第四十五回 「雑家」の「雑文」
第四十四回 思い出のラジオ番組
第四十三回 大学受験シーズン
第四十二回 五月の色
第四十一回 ―法源寺・鑑真和上―
第四十回 北京の若葉
第三十九回 煙巻褲(イエンヂュエンクウ)
第三十八回 踏青
第三十七回 シルクロードの旅点描
第三十六回 シルクロード点描②
第三十五回 シルクロード点描①
第三十四回 春の装い
第三十三回 春を探ねて
第三十二回 擲球之戯
第三十一回 春節と餃子

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