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私と北京放送・山下輝彦(中)
   2006-09-28 18:50:42    cri

 東京都台東区。慶応大学教授。趣味は二胡。70年代から北京放送今の中国国際放送局の日本語放送を聞き始めた。後に北京放送を聞く会の会員となり、会員の方々に中国語を教えたり、中国の事情を紹介したりしていた。大学では中国文学を教えていることから、中国によく行き、中国事情のことなら何でも知っているといっても過言ではない。今はもっぱらHPで北京放送を聞いているという北京放送にとって大変重要な存在である。

  日中の国交が回復したとは言え、80年代中頃まではビザの取得が難しく、民間人が中国へ旅行することは稀でした。しかし、会は北京放送局の計らいで比較的容易にビザが下り、かつては全くの夢であった中国旅行を会の旅行団で実現させた人達も沢山いました。私は1980年のお正月に引率で参りました。北京の冬の寒さは想像以上に厳しく、ぞっとしましたが、北京放送局の暖かい歓迎を受け、随分不安が和らぎました。団は故平野先生を団長に、上は70歳の定年退職者から下は20歳まで、総勢27名、職業も会社員、医師、会社社長、主婦、学生と様々でしたが、皆一様に中国への想いの強い方々ばかりでした。授業は復興門の放送局の旧局舎で1月1日の朝から行われました。中央放送局のアナウンサーや劇団の俳優さん達が我々の中国語の講師を勤めてくれ、指導して頂くと言う幸運に恵まれました。夜に団員と街に繰り出すと、北京の町はホテルの周りが明るいほかは、どこへ行っても町が暗く、放送局の皆さんが懐中電灯を照らして下さったり、また、当時は町の食堂で食事をするには、「糧票」という食糧用の配給切符のような物が必要で、勝手が解らず面食いましたが、これも放送局の方々がご自分達の「糧票」を提供して下さり、私達は貴重な町での食事を体験することも出来ました。今では全てが昔々の夢物語のようで、私が現在教えている学生に話した所でもはや全く通じなくなってしまった、古きよき想い出です。

kokusei
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