世界的な指揮者・湯沐海(後編)

2018-11-02 15:17  CRI

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 秋深まる北京は、徐々に日が短くなってきました。この季節の北京はどこに行っても、秋風に彩られる絵画のような秋の景色が楽しめます。今回の中国メロディーは前回に続き、世界的な指揮者・湯沐海の音楽の世界をお伝えしましょう。

 湯沐海は1980年代に世界的指揮者・カラヤンに師事し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した経験を持っています。その経験は指揮者としての水準を完璧と言えるほどまでの高みへと連れて行きました。その後、パリ管弦楽団、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、シュターツカペレ・ドレスデンなど、多くの世界的なオーケストラを指揮し、世界で最も影響力を持つ中国人指揮者となりました。

演奏会は見送らなければならない我が子

 湯沐海が指揮する姿を見た観客たちは、その情熱と魂がほとばしる指揮者の魅力に引きつけられます。しかし、演奏会が終わり、観客たちが帰っていくと、彼の心はいつもぽっかりと穴が開いたような気持ちになっていました。興奮した気持ちを落ち着かせるため、湯沐海は家に帰ると、お酒を飲んで自分を酔わせ、頭の中で響き渡る音符と一緒に眠り込むことがしばしばありました。

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 湯沐海は「毎回の演奏会はまるで大きくなった子供のようで、多くの愛情や思いやりを注いでいくが、結局最後には、子供が遠く離れる後ろ姿を見送らなければならない」と感慨深く語っています。

小澤征爾の指揮がドイツ留学へ進ませる

 湯沐海のクラシック音楽に対する揺るがぬ考えは、青年時代のドイツ留学と切っても切れないものかもしれません。1980年代、湯沐海はドイツ・ミュンヘン音楽学院で留学している時に、カラヤンの弟子となり、この世界的音楽家に師事し2年間に渡って学びました。その後、有名な指揮レナード・バーンスタインのアシスタントを務め、一歩一歩確実にオーケストラ世界の頂上に歩みを進めていきました。

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 ところで、湯沐海は何故ドイツ留学へ行くことになったのでしょうか?彼は当時についてこう振り返っています。「1978年に小澤征爾が初めて中国で中央楽団を指揮した公演を見て、とても感動した。そして、当時の文化部の部長に心を込めて手紙を書いた。『中国の交響楽レベルは西側諸国に追いつくことができると信じている。若い音楽家に海外で留学するチャンスを是非、いただけるようお願いいたします』と書いた」

 その湯沐海の熱い思いに対して、すぐに返信が届きました。彼のドイツ留学の申請が許可され、1979年、湯沐海は改革開放以後に派遣された中国第一陣の芸術留学生になりました。現在、世界レベルの指揮者となった湯沐海は、祖国が自分を育ててくれたことをずっと心に刻み込んでいます。彼は「祖国の伝統文化が僕にかけがえのない栄養を与えてくれた。中国人として中国音楽の要素を世界各地に伝える責任があると思う」と話しています。

子供らしい純真さこそが最高の音楽を創る

  2004年、湯沐海はフィンランド国立歌劇場でチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」を指揮しました。観客のカーテンコールに応えていた時、最前列の席で数人の中国人観客が彼に喝采を送っていることに気がつきました。彼は驚き、喜び、舞台から降りて、彼らと握手して言葉を交わし、子供のように興奮しました。そして、彼は中国人の観客たちを家に招いて、お酒を飲んだりして楽しい夜を過ごしました。

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 そんな湯沐海は、純真な子供らしさを持っていると言われています。音楽以外に対しては無頓着で、自分の携帯電話の番号も時々忘れてしまうほどです。しかし、彼は「芸術において、子供のような純真さを持っていてこそ、最も美しい音楽を創ることができるかもしれない」と語っています。

 今、湯沐海は、後進の養成に大きな情熱を注いでいます。2006年から中国国家交響楽団の指揮者、2009年からは上海愛楽楽団の音楽監督、2012年から天津歌劇場の音楽監督、2017年にはハルビン交響楽団芸術監督を務めています。湯沐海は国内交響楽団の芸術レベルを高めるため、必要があれば、どこであっても可能な限り足を運んで育成に励んでいます。

番組の中でお送りした曲

1曲目 起航(発進)

 この曲は上海国際芸術祭の開幕式で湯沐海が指揮し、上海愛楽楽団が演奏したものです。中国共産党が1921年に上海で誕生した偉大な時を振り返りました。

2曲目 第一交響序曲(第一交響序曲)

 湯沐海が指揮したこの曲は、中国の革命者が苦しみに耐えて奮闘する姿を描きました。

3曲目 太陽出来喜洋々(太陽が出てきて喜ぶ)

 この曲は湯沐海の指揮で、中国国家交響楽団が演奏したものです。四川省の民謡を基にしたこの曲は、農家たちが麗らかな太陽の下で喜んで畑を耕す場面を描きました。

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